入院してました

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8月に大腸カメラで検査した時に、腫瘍が見つかったので、9月10日から香川医大に入院していました。

色々と面白い出来事があったので、記録として残しておきます。
1.入院前には、しばらく食事制限があると思ったので、ジョイフルで以前から食べたいと思っていたかき氷のバニラアイストッピングをいただく。馴染みの店員さんにも、しばらく来られない旨伝達。IMG_8131.jpeg
2.入院当日は警報級の大雨。妹に高松駅まで送ってもらい、そこからタクシーで行こうとするが、予約でいっぱいなのか乗り場にはタクシーがいない。客を降ろしたタクシーも、待ってる客を乗せずにそのまま行ってしまう。結局バスで行くことにした。

3.バスで降りる場所を間違う。「香川大学医学部附属病院」で降りなきゃいけないのに「国立病院機構 高松医療センター」で降りてしまう。この間約5km
タクシーは呼んでもきてくれないし、配車アプリをインストールしても、近くをタクシーが走ってない。傘を差して雨の中をトボトボと歩いて現地まで。90分かけて歩いた。

4.時間には余裕があったので、本当に締めの食事で、オリーブっていう食堂で食事をとった。CE1092EA-F20C-4A29-992F-CC1CEECF5375_1_105_c.jpeg4CE2BCDF-E5E1-45B4-A6FA-81DD1C61794E_1_105_c.jpeg
5.病棟へ行くと、個室が空いていたそうだが、準備中と言うことで入れるのは午後になってから。大部屋も空いてないそうで、上の階の大部屋に入れられ、そこで入院の説明うけたり、薬や危険物を没収されて、後は待つ。服やズボンが濡れているので、ベッドに横になるのも気が引けるから、テーブルで仕事をしながら待っていた。15時頃になりやっと部屋に入れた。IMG_8154.jpeg手術は翌日なので、入院初日は検査食が始まり。寝る前に下剤を飲まされる。

6.手術は午後からなので、午前中はひたすら下剤を飲む。IMG_8143.jpegしかしなかなか出ない。12時をすぎても、まだ固形物が出ていた。透明になったら看護婦さんを呼んで便を見てもらわないといけないのだが、立ち上がると自動で流されてしまうので、座ったままナースコールしなくちゃいけない。最初は恥ずかしいけど、2回、3回とやってると慣れるもんだ。


7.追加の下剤を500cc飲んでも出ないもんだから、ついに浣腸の刑となる。でもなかなかでず。やっと出たのは浣腸液。でもま、ナースコールして「浣腸液だけのような気はするけど」って見てもらった。この時にはもう呼び出しがかかっていたので、ひとまず行ってみましょうってことで、検査室(手術室)へいった。

8.酸素吸入のチューブや、心電図のセンサー、血中酸素濃度系など、検査装置を取り付けられ、準備万端整った。と思ったら、担当医師から電話がかかってきて、最後にもう一度出してこいって言われたようだ。看護婦さんも「えぇ!もう準備できたのにっ!」とぼやきながら、外せる機器は外し、外せないものはテープで貼り付けたりして、なんとかトイレに行ける体制にした。頑張ってきばると液体は出たので、またナースコール。「どれどれ」といいながらお尻の方を覗き込まれ確認される。「ちょっと濁ってるわねぇ」と先生に伝えているようだ。「手術が1時間の予定が2時間になる可能性はあるけど承知してくださいね」とのこと。どうしようもないから承諾するしかない。

9.鎮静剤を注入されると、そこから意識がなくなり、気がついたらまだやってるようだった。気がついていないふりをして、喋ってることを聞いていると「あれ?どこ行った」と先生が言ってる。少し不安になるが、看護師さんたちと楽しそうにやってるので、まぁ大丈夫なんだろう。
そして、声をかけられ気がついた(ふりをして)終わったことを告げられる。自分でパンツを履くと思っていたら、看護婦さんに履かされる。これは結構恥ずかしかった。それから、移動用のベッドに移され、ゴロゴロとベッドのまま病棟へと戻ったのでした。


その夜は、鎮静剤の影響もあり17時ごろから寝た。途中先生が手術の状況説明に来た。
患部を剥がすように切り取る予定だったが、空気を入れて膨らました後、空気を抜いたら萎んで小さくなったので、輪っかをかけて焼き切ったそうだ。
傷口も小さくてすんだので、退院は1日早くなるし「明日から食事も開始しましょう」とのこと。よかった。

手術日含めてまる二日、食事もそうだし水すらのんではいけなかったのだが、1日の辛抱で済むらしい。その間ずっと点滴が私の食事だった。IMG_8144.jpegしかしまぁ、点滴のおかげか空腹感はほとんどなかったな。ただただ、食べられないことへの執着から妄想が膨らむくらいのことだった。

翌日は3分粥、その翌日が7分粥、そのまた翌日が全粥。そして退院日、病院で最後の食事は普通の白米かと思ったけども、食パンだった・・・orz

手術開始までは、本当にトラブルだらけだったけれど、手術後は順調だったし早く退院できたしめでたしめでたし。

家に戻るといきなり母親が「エアコンが動かなくなった」と言ってきたので、少々むかついたけども、かわいそうだしね。結局近所の電気屋さんを呼んでもらって交換することになった。約15万の刑。

これから1ヶ月はかなりな食事制限が続きます。その後少しずつ、妄想していた食べ物を少しずつ戻していこうと思っています。
そのころ、取り出した腫瘍の検査結果が出る。癌がなければ全て完了だ。
もし見つかったら・・・しらん。

なるようにしかならんわい。